2011年8月21日日曜日

お土産探しに

以前にも一度行ったことがあるのだが、ティントレロという手工芸品を扱う店が集まっているところへ行った。
道の駅のような感じで、乾燥地帯の道路際に突然あらわれる。
ちょうどベネズエラ全土から手工芸品が集まる特設市が開催されていた最終日とあって、すごい人出である。
売り切れているものも多かった。
しかし、普段いいお土産物に出合えないベネズエラ、ここで買っておかねば!

木の実(種?)を使った民芸品


ここの名産、木彫りのフルーツ盛り合わせ


悪魔のお面や悪魔グッズを取り扱う店へいったときのこと。
このお面をつける祭りの曲やら関係ない曲やら、歌と演奏が始まった。
すると突如踊りだす人々!
辺りが一気にお祭りモードに。
このノリ、さすが!
ベネズエラのこういうところ、大好きである。

いろんな木彫り製品を購入し、満足しつつも暑さにやられて疲れていた帰り道。
大雨が降ってきて、あわてて満員ギューギューのバスに乗ったが、事故渋滞で全く進まず…。
しかし、乗客達さして不満も言わず、1人の男性は一緒にいた同期隊員を口説いていた。
こんなノリも、好きである。

2011年8月19日金曜日

カリブ海文化

カルアオという村で村落開発普及員として活動する後輩隊員のところへ行ってきた。
首都から向かうバスの車窓には…海!海!海!

もともと海大好きなのに、任地は360度山に囲まれている上、普段使うバスはたいてい山道を走るもんだから、久々の海に大感激。
中古のスクールバスに揺られ、故障か何かで途中何度も止まりながらの道中も、景色を楽しんでいたらあっという間だった。

着いた村には肌の黒い人ばかり。
ほとんど黒人の村といって良さそうだ。
任地には浅黒い人は多いけれど、かなり黒人に近い人というのはあまりいないので、まるで任国外旅行しているような気がする。
それに、暑くて海が近いせいか、水着を普段着として着用している人多し!
私の任地の村ではビーサンで外を歩くのは恥ずかしいことであり、ショートパンツやミニスカートすらあまり見ないので、かなり異文化。
ベネズエラ広し!

任地の我が家からの景色はもちろん山オンリーだが、なんとこの屋上からは海が見える!
後輩、サーフボードやら浮き輪やらを購入しただけでなく、パラソルまで設置。
海ライフを満喫しすぎである。
早速近くの海岸へ遊びに行くと、めちゃ素朴であった。
観光地化してなくて漁船がいくつか泊まっている。
砂浜の横にある村の中心であるプラサ(らしき)場所に案内してもらった。
が、あまりにも何も無いので違うのではないかと思い、翌日「こっちがプラサかも…?(遠慮がち)」という広場へ行ったが、やはり何もなかった。
しいていうなら一つの銅像と小さな診療所があるだけである。
それなりに商店がたくさんある自分の任地から見ると、さすが村落開発普及員の活動場所といった感じの村である。
いってしまえば何も無い。
が、自然がたくさんある。
穏やかな村人の暮らしがある。
イイネ!

翌日は山道をあるいて川へ行った。
滝へ案内してもらうと、なぜか大量のバイク…
酒を飲み巻きタバコを吸い、たむろする男達…
き…危険な雰囲気!?


かと思いきや、お酒やバーベキューの肉をわけてくれたりと、とってもいい青年達ではないか。
魚を捕まえようとしたり少年のように川遊びを楽しむ彼らは、近くの町のバイクタクシー運転手達であった。

「すべり台みたいな岩があるんだよ!」と彼らがさらに奥の滝へ連れて行ってくれた。
山崖を歩いた先には結構な落差の滝が!
若干傾斜のある岩の上を流れている部分があり、それをすべり台と言っていたのだ。
―こ、ここから滑りおりるのは危険すぎるだろ!!!
青年が滑り降りるのを見ても、まるで岩をバウンドしているように見えて怪我しやしないかヒヤヒヤ。
でも、せっかく来たのだから挑戦してみよう、いや、怖いーっ!
思わず“共済会の保険っておりるのかな…”などとまで考え散々渋っていたが、“ここで手をかしてあげるよ”と1人の青年が滝の途中まで降りて待っていてくれたので、ついにやってみようと決心。
が、水の勢いで途中で手を掴むなんてことできるわけもなく、そのまま落下。
が、どこも痛くないし、見た目より全然怖くなくて、水の上をプカプカっとした瞬間に下に落ちたという感じだった。
こりゃ楽しい。
しかし青年達はそれよりもっと高い岩からジャンプして飛びこんでいた。
頭おかしいだろ!っていうくらい高いところから飛び降りる青年あれば、2mくらいしか高さがない岩からでさえ怖がって飛び降りれず石を投げつけられる青年もあり、ゆかいな仲間達である。
なかば酔っ払っていた後輩隊員も岩壁から飛び込んだはいいが、
落ちていく間に体勢が前傾になりイヌのような姿勢で水面へ!
一同“これはヤバイ!”と、思わず助けに飛び出す青年がいたほどだったが、無事浮かんできた。
しかし夜になってから「実は、肋骨がかなり痛い」と告白。
川ライフを満喫しすぎである。

川沿いには温泉が沸いている場所があった。
川岸はかなりの高温。
寝そべって温泉気分を味わっていたら火傷みたいに半身真っ赤になってしまった。

さらに翌日は隣り村からボートにのって半島の先にあるビーチへ。
のんびり海を満喫。
すっかりカリブ海に魅せられてしまった。

2011年8月13日土曜日

エンジェルフォールツアー

世界遺産に指定される世界最高落差(約1㎞)の滝エンジェルフォール!
南米最大の秘境ギアナ高地―カナイマ国立公園内にあるこの滝を見に行くため
ベルナルツアーという旅行会社にツアーを申しんだ。

首都カラカスから飛行機でシウダーボリーバルへ。
さらに、翌朝小型機でカナイマ空港へ。

なぜか豹柄
 小さな売店みたいのがあるだけの空港へ着陸。
そこで水着に着替え、トラックに乗って船着場へ向かう。
早くもジャングルな気配。
が、以外にも日本語で歓迎された。

「ようこそ」の看板

 ガイドはぺモン族のカイコというお兄さん。
 「蚕か、覚えやすいなあ。」と父。
ああ、覚えやすい。

エンジンボートはちょっと波があると結構水をかぶるので、その度にキャーキャー盛り上がる。
母、誰よりも叫んでいた。
河の水や土が赤い
船で行くこと3~4時間、夕方近くなってついにエンジェルフォールの流れ落ちるテーブルマウンテンのふもとへ到着。
霧がかっていて見えないことも多いと聞いていたため、
“山の茂みを分け入り、霧が晴れたその瞬間ついに目の前に雄大な滝が姿を現した―!”的なことを想像していたのだが、天気が良かったせいで最初から丸見え。
なんだかありがたみが無い。

滝の見晴台まで「普通1時間のところを45分で登ります」とガイド。
欧米人の若者ばかりだったし、母はかなりきつかったようだったが、フーフー言いながら何とかついて行った。
スペイン語でサルトアンヘル。
日本語でいうと天使の滝…
落差がありすぎて下に落ちるまでに霧になってしまうために、滝つぼが無い。
天空から静かに流れ落ちて水しぶきが広がっていく姿は、まさに天使のようなイメージ。

近くで見るとどれくらい高いのかがよくわからなかったけど、
次の朝キャンプ地から見たら雄大さが半端なかった。

カナイマには、他にも見ごたえある滝が。
サルトサポという滝は横幅があるのだが、なんとその裏側を歩くことが出来る。
物凄い水量で、一番すごいところでは息できない目も開けられない!
ロープをたぐりながら歩き、めちゃスリリング!
肥田家一同大興奮。
ぶっちゃけ本命のエンジェルフォールより良かったのではないかと一同の心の中に浮かぶ程だった。
またまた岩をよじ登ったり母は大変そうだったが、意外に父の方がこけたり怪我したりしていた。

ところで、1日目のキャンプ地ではハンモックでの睡眠。
もちろん父母初体験。
1時間ごとに目が覚めちゃったよ」と言う父に対し、
ハンモック大好きな私。
夜中相当な豪雨で、皆起き出したというかなり大きな雷が落ちたにもかかわらず、
一切その記憶が無いほど爆睡。
娘の逞しさにきっと両親も安心したことだろう。


2011年8月12日金曜日

肥田家パパママ大冒険

日本ではお盆休み。
両親が遥々ベネズエラまでやって来てくれた!

しかし、その道のりは長かった。
まず、航空券が全然取れない。
ねばってねばって問い合わせ続け、探しに探して、かなり値上がりはしていたものの何とかゲット。
しかし、祖母が危篤状態…
結局旅行の3週間ほど前に亡くなってしまった。
本当に悲しくて、初めてベネズエラと日本との遠さも実感した。
生まれてからずっと一緒に暮らしていたおばあちゃん。
お葬式には出られないけど電報を送ったらどうかと父が言ってくれたので手紙をメールで送った。最後に棺の前で読んでくれたそうだ。
旅行どころでは無かっただろうが、祖母が行っておいでといってくれたのではないかと、予定通り来てくれることになった。

いよいよ到着前日、両親を迎えに行くため首都へ向かっていると、成田にいる母から急に電話が。
「飛行機が遅れてトランジットで2泊しなきゃいけなくなっちゃったのよ~!!」
なにー!?
ただでさえ1週間しかない旅行日程。
2日間失うのは痛すぎる。
カナダのトロントでの乗り換えが間に合わないということなのだが、悲しいことに、成田からの便の到着時刻のわずか15分前にカラカス行きの便が出てしまうという切な過ぎる差。
そして翌日はカラカス行きの便が無いため2泊しなきゃならない羽目になってしまうのだ。
両親は「なんとかならないのか」「英語もわからないし」と航空会社のスタッフにかけあうも「英語が出来ないなら海外に行くなっていう話ですし」とか冷たく言われる始末。
結局、カナダに着いてどうしていいかわからず困っていると、救世主登場。
日本語をちょっと話せる同航空会社のカナダ人スタッフが、いろいろ助けてくれ、さらにトランジットが1泊だけですむように、トロントからボゴタ(コロンビア)経由カラカス行きの便に振り替えてもらうことができたのだ。
同じ航空会社にも嫌なヤツもいればイイ人もいるものである。

しかし、1日は失ってしまった。
そうすると任地へ行く時間は無い。
頑張れば、夕方に着いて翌日早朝まで滞在ということも出来なくは無かったのだが、当初2日失うと思って、予約していた便やらホテルやらを全部変えてしまっていたので、結局諦めてしまった。
というのも、両親がベネズエラへ向かってくる間、私は首都の旅行代理店に行き相談。国内線の予約を変更するため航空会社のオフィスへ行き、エンジェルフォールのツアーのために予約していた旅行会社やらホテルやらに電話をし、すべてを変更していたのだ。
これだけを一気にこなすと、旅行会社のスタッフにでもなった気分である。

ついに到着した時には、会えた喜びと無事に着いた安堵感で、母涙目。
真夜中に着いたにもかかわらず、タクシーの中で止まらない勢いで喋り続ける母に圧倒されるほどであった。

さて、任地に連れて行けないなら仕方ない。
首都でなんとか楽しんでもらおう!!
ん?思いつかない。
地球の歩き方やらなんやらで調べる…
結果、やはりたいした見所がない。
まあとりあえず
<首都でしたこと>
●公園を散歩
時差ぼけでフラフラしながらもイグアナなど観賞。
ちょうど日曜だったのでアエロビクスをやっていた。
参加してみる父
●手工芸品のレベルの低さを知る
「あんまり買いたいものが無いわねぇ」

●世界遺産に登録されている大学都市を見学
両親とも建築士なので、私は前回来たときには何も思わなかった建築術などに気がつくことができた。
実際「世界遺産というほどかなあ?」という感想だったが、何せ見所が無いし危険極まりない首都なので仕方が無い。

●観光2日目、ベネズエラ料理のレストランに行った。
首都のアレパは村の地方のより分厚い。その重たさに胃はついていかない様子。
「マリエは毎日これを食べているのかあ」
と感心までしている。
そしてその夜、シウダーボリーバルに行くため飛行場へ。
夕食に何食べるか聞くと、
アレパ、即行却下。
滞在2日目にして、早速寿司を選んでいた…
  空港には「BENIHANA」という寿司屋がある。確かに美味しかった…

●最終日の昼食…とうもろこしの粉に豚の皮と野菜を混ぜて蒸したものとチーズ
ナイフとフォークの刺しっぷりに異文化を感じる。


 おしゃれカフェで休憩

カラカスのデパートやマンションの中にはたくさん樹木や草が植えてある。
「首都なのに緑が多いね」と良いところにも気がついてくれた両親。

任地に行けなかったことは本当に残念だった。
どんなところに住んでいるか見せたかったし、親切にしてくれている友達を紹介したかった。
両親に聞かせるため日本語で島唄を練習してくれていた子もいた。
他の隊員のご両親や知人達が同じエアーカナダなのに誰もトラブル無く着いているのに、なぜウチだけ…という悔しさがすっごく残った。
でも、「普通の旅行とは違うことができておもしろかった。ありがとう。」と言ってくれたので、無理して長距離移動せず、これはこれでよかったのかなあ。と、思いたい。

日本に帰るとなんと2人して熱を出したそうだ。
肥田家一生の思い出の一つになったこと間違い無し。
お疲れ様でした~!

2011年8月4日木曜日

FUROSHIKI

幼稚園が夏休みに入ったので、配属先の施設である図書館や手工芸センターで何回か子ども向けイベントの仕事をした。
図書館員が地域の家に子どもを集めて行ったイベントでは折り紙や絵本作りを2日間。
手工芸センターでは1・2日目折り紙・3日目風呂敷・4日目リサイクルバックと4日間にわたって講座を行った。急にセンター長が病気で入院してしまい、私1人でやることになってしまったが、おりこうさんな女の子ばかりだったのと、同じく地域のおばさんたちが来てよく協力してくれたのでとってもスムーズだった。

今回の自分的目玉は風呂敷講座だったのだが、ちょうどその日は雨。
“ああ、誰も来てないだろうな~”と思い2時開始のところを3時頃小雨になってから行ったら…
ちゃんと子ども達来ているではないか!
疑ってごめん!!
もはや私の方がベネソラーナ化してしまっていたと反省。
さらに、「四角い大きい布を持って来てください」と伝えておいたものの、
“まあ持ってくる子ほとんどいないだろうなあ”と思っていたら…
半分以上の子が持ってきていた!
感動!!!
幼稚園の先生に講座をした時は、持ち物のメモ紙まで渡したにもかかわらず一人しか持ってきてくれなかったのに…
やっぱり興味を持ってやってくるのと、義務で参加するのとは違うなあと実感。

講座の方も
「オオ、フロシキ~!キレイ~!カワイイ~!ベンリ~!」と楽しんでくれ、
「こんな使い方も出来るね!」と女の子達からもどんどんアイデアが出て、子ども達の想像力ってすごいなーって思った。

そんな子ども達を見ていたら、まだまだベネズエラの将来もいける気がした。

ぜ~んぶフロシキ

参考図書『ふろしきでエコライフ』