2011年9月20日火曜日

Viva Mexico -1-

まだまだまだ続く長期休み。
4月のエクアドルに続き、2度目の任国外旅行メキシコへ行ってきた!
一緒に旅をしたのはニカラグアの同期隊員ジャックさん(仮名…いえ、あだ名)
空港で待ち合わせをしていた。

メキシコの空港に着いてすぐ「なんとベネズエラと違うことか!」と感じたことがいくつもあった。
まずはゲートを出たところで日本人に声をかけられた
ベネズエラではまだ一度も日本人旅行者(協力隊関係者を除く)に会ったことがないので、さすがメキシコだなあと感じる。
しかし、ジャックさんがいない。
なんと空港ターミナルが2つあり、それぞれ違う方に着いてしまったようなのだ。
移動方法を空港職員聞くと、それがまためちゃ親切!
ち、地図を取ってきてくれると!?
―なんて親切な!
っていうか空港冊子があるのか!?
―進んでいる!
しかも、は、走って取りに行った
働いているときに走るなんて…!
―仕事熱心!
そして地図に印をつけながら詳しく説明!!
―なんて真面目!
さらに、「君は日本人かい?『コンニチハ』(ニコッ)」
―感動ーっ!!
「チーナ(中国人)」なんてからかってくる人はいない…
もうこれだけでメキシコが好きになってしまった。いやむしろ満足してしまった。
と、ここまで書いてふと気づいたが、日本人の働きっぷりから考えると別に普通である。
しかし、1年もベネズエラで暮らし、その悪名高き空港から来ると、別世界のように感じたのだ!!!

空港内をウロウロし、なんとかジャックさんに会え、早速町へ繰り出した。
すでに夕方だったのでルイス・バラガンという建築家の立てた修道院だけ観光。
首都メキシコシティには私の前任者(同じ配属先の私の前の幼児教育隊員)が住んでいて、現在幼稚園の先生をしている。
ずうずうしくもそのお宅へ泊まらせていただいた。
中心地からは離れていたが、住宅街な雰囲気がなんだか地元人っぽい。
地元の人ぞ知るおいしいタコス屋に連れて行ってもらい、早速メキシコ料理の辛さに洗礼を受けた。
サラダやサボテンの実もトッピングし放題
実はメキシコに来るのは約3年ぶりで、2度目である。
広く見所の多いメキシコ、今回は前回に行ってない都市に行くことにした。
メキシコシティ→グアナファト→グアダラハラ→オアハカ→プエブラ→メキシコシティと、ほとんど中世コロニアル都市を巡る旅にした。
しかしメキシコシティは2度目だし、さして見たい所も無く、迷った結果ついに決心、2日目は1人先にケレタロへ旅立たせてもらうことにした。
というのは、メキシコシティからグアナファトへ行く間に通る都市ケレタロで、年に一度の祭典があるからなのだ。
ジャックさんは翌日もシティを観光予定。
空港で待っていてもらったのに、前夜に決めるという我がままっぷりでかなり申し訳なく感じたが、大人な彼女は快く送ってくれた。

長距離バスでケレタロへ着くとバスを乗り換えて市内へ。
運転手に間違ったところで下ろされてバックパックしょったまま歩きまわるハメになってしまったが、なんとか宿へ到着。
が、開いていない…。
電話番号が貼ってあったので近くの洋品店の人にかけてもらうと「20分で行く」と言ったのに、来ず…。
1時間ほど待ったが来ないので洋品店の人に相談すると親戚の人の貸し部屋に安くとまらせてもらえることになった。
スペイン語が出来るといろいろ得をする。
さて、市内観光。ちょうど宿の前で会った日本人旅行者と歩くことに。
偶然自分と同じPENTAXの一眼レフを持っていたこともあり、道中写真を撮りながらカメラについていろいろ教えてもらえた。
オートモードしか使えず、今まで全く使いこなしていなかった一眼レフのいろいろな機能を教えてもらうことが出来、旅の楽しみがさらに増した。
おお、来て良かった。
豪華な教会はもちろん、おしゃれカフェや音楽に合わせた噴水のショーがあったりと、なかなか素敵なコロニアル都市である。
さて、夕方になってついにサンタクルスデロスミラグロスの祭典が始まった。
この祭典は、インディヘナとスペイン人の融和がテーマになっており、それぞれの格好をした人が踊ったり戦ったりしながらパレードをする。
千人ほどの人々によるパレードは見応え十分。
インディヘナの格好をしたかわいい子ども達や豪華な羽をしょったダンスグループにシャッターを切りまくった。
おお、来た甲斐があった!

翌日はグアナファトへ移動し、またジャックさんと合流。
この町はメキシコで一番美しいコロニアル都市と言われているだけあり、噂に違わず素敵!
迷路のような小道をまがる度にかわいらしい家並みが、町角をまがるたび豪華な建物・教会が現れる。

ピピラの丘へケーブルカーであがり、寒さに耐えながら展望台に留まり、夕暮れ前~夜景までを堪能した。

夜にはマリアッチ楽団が出没する音楽の街でもあり、そんなメキシコ音楽を聴きながらレストランでメキシコ料理を堪能した。

ここグアナファトには「ミイラ博物館」なるなんとも怪しき博物館がある。
ここの土地の気候が勝手にミイラ化させてしまうらしく、服を着ていたり、子どもだったりする何十体ものミイラが陳列してあった。
なんだか写真を載せるのはバチあたりのような気がして気がひけるが、世界で一番小さな赤ちゃんのミイラである。

ところで、メキシコではガイコツモチーフが観光客のお土産として大人気…
ガイコツマークのお菓子屋さんにあったガイコツ夫婦の人形

すっかり満足して、次の町グアダラハラへ向かった。

2011年9月8日木曜日

ベネ的リゾートの過ごし方

なかなか終わらない長期休み。
同期ともちゃんの配属先の養護学校の校長先生とその家族&親戚とパラグアナ半島のビーチに遊びに行った。

一軒家を貸切り。海の近くに住む友達の家にでも訪ねてきたような感じがした。
海はすぐ目の前!絶好のロケーションである。
着いた日は夜だったので、翌朝になって散歩。
船の前に干された洗濯物が色とりどりでかわいかった。

SAMURAI(侍)の家発見

青くて綺麗な海
…が、海岸にはひたすらゴミ。
海岸から離れて道をあるいていても、ゴミ。
そしてそれらをあさるブタ!
ヤギだのブタだの野放しで行きかう動物達には癒されるが、なにせゴミだらけなのが残念である。
途上国の現実を見る。 

さて、ベネズエラ人家族との海での過ごし方は…
朝ごはん→海へ→ビール→昼ごはん→ハンモックで昼寝→ゲームまたはダンスにビール→夕方また海へ→夕飯→ビールにおしゃべり…
食べて飲んで泳いで寝ての繰り返しを毎日、1週間。
見事にリゾート的過ごし方を実践出来た。

でも何よりも楽しかった理由は、この家族が素敵だったからに違いない。
10代~20代の子どもと若者達が多くて、みんな元気いっぱい。
でも、アンデスの山地方の出身のせいか、ちょっとシャイなのがまたかわいらしい。
海では皆で遊ぶ。
いろいろな遊び方を学んだ。
 ① 騎馬戦
少年達が女子達を肩車して戦いだしたので、自由奔放なラテンぽいなあと思って見ていたら、「日本人対決をしよう!」と私VSともちゃんの騎馬戦を要求。
いやいや、水着の女子が戦うなんてグラビアアイドルだか芸能人だかの番組でもあるまいし!
第一肩車される年齢じゃないし…!!
必死に断ったが結局やるハメになってしまった。
やってみたら面白くて、後日またやった(笑)

 ② 海草戦争
海に浮かんでいる海草を集めて丸めて投げ合う。
子ども達だけでなく、おばさん(母親)まで参加し、本気でやりあって楽しんでいる!
年齢に関係なく皆で楽しむところがいいなーと思った。
が、海草、あたると結構痛い…。

 ③ シンクロ技披露
輪になって順番に逆立ちを披露していく。それだけ。
ちょっと違うことをしてみたら、皆がそれを真似しようとして遊びが広がった。
さらにシンクロ技をいろいろ開発。
逆立ちがうまくできなかっただけなのに、「アレパのひっくり返し」とか命名しちゃうところがユニークである。

滞在中2回ほど少し離れたビーチへ皆でトラックの荷台に乗って出かけた。

結構観光客の多いビーチだったが、牛が歩いていた。

ベネズエラ本土の最北端。
海岸が荒々しい。


砂丘
半島への往復途中通ったコロという町で砂丘が見れた。
“ベネズエラには砂漠もある!”と前から聞いて期待していたが、“あれ、もう終わり?”というようなかなり小さなものだった。

手作りの食事も毎食おいしかった。
羊の肉をさばいて燻して食べた

ところで、途中で彼らの友人であるカップルがやってきて一緒に海へ行った。
しかしこのカップル、2人していちゃつくのみ。
なんのために合流したんだ!?
そんな彼らから
海でのカップルの過ごし方を学んだ。
          彼女を浮かせて支える
          海岸に腰掛けて優しく水をかけあう
          家族が海の中で輪になってビーチバレーをしている中心で熱く抱き合いキスをしあう
―いやいやいや!
家族団欒を邪魔しているとしか思えない…。
しかし、そんなツッコミを入れたくなるのも我ら日本人2人だけのようである。
他は誰も気にしていない!
愛情表現はきっと当たり前なのだ。

いろいろ学んだ一週間であった。

2011年8月31日水曜日

宗教とは

元スペインの植民地であったベネズエラ、大多数の人はキリスト教である。
とくにカトリックが多いが、その他にもいくつか宗派がある。
そもそも協力隊応募時、アラブのイスラム系国に行きたかった私。
宗教と生活が密接な関わりを持っている国に興味があった。
子育てや教育にも宗教が大きく関わっているのではないかという予想もあった。
結果としてアラブ方面には行けなかったが、村で一番仲の良い家族は熱心なキリスト教徒なので、教会や活動に参加して、その生活が随分宗教と関わりが深いことを知った。
そんなこの国で、やはり「何教か?」と聞かれることは多い。
一応「仏教と神道」と答えているが、あまりにその教えを知らないと実感。
隊員連絡所にある宗教の解説書やら日本から持参した般若心経の解説書やらを読んで勉強。
他の宗教との違いとか、歴史や考え方の大まかなことがわかってきて、今まであまりにも知らなかったんだなあと自分で驚いた。

最近首都にいた折、アーリークリシュナの寺院に行く機会があった。

話を聞いてもよくわからなかったが、どうやらヒンドゥー教の一派らしい。
同期隊員の友人(ドイツ人)の友人が信者らしく、滅多に行けるとこでもなさそうなのでついていってみることに。
寺院(といっても大きな家のような感じ)ではレストランを経営している。

彼らは菜食主義で肉類は一切入ってないのに、どれもこくがあり、うまくスパイスが使われていてめちゃくちゃ美味しい!
あまりにもどれを食べてもおいしかったので、ぜひ野菜嫌いなベネズエラ一般に広めて欲しいと思った。


ところで、首都などに行くと「私は創価学会だよ」と言う人にも結構会うのに驚かされる。
今回、都会だけかもしれないが、キリスト教以外にも結構いろいろな宗教を信じている人がいるんだとわかった。
自分で選んで宗教に入るとか、宗教的実践とか、どうしても日本人にはわかりにくい感覚だが、彼らにとってはごく自然なことのようだ。
人間っておもしろいなー

2011年8月28日日曜日

ワンデートリップ!?

長い長い長期休みはまだまだ続く…。
ご両親が来ているM先輩隊員がチョロニーというビーチへ旅行するというので、首都から私とR先輩隊員2人が向かい、現地で合流することになった。
しかし前日になってMさんから「長びく雨で道が通れなくなっているらしい」という情報が!
仕方なくオクマレという違うビーチに変更して出発した。
が、バスで向かっていると、またMさんから電話が。
なんと朝に橋が落ちてオクマレへの道も通れなくなっているというではないか!
これは、もう海へ行くなということなのか…。
また仕方なく行き先変更。
が、電話を切って同行していたRさんに相談すると「え~じゃあいいや、引き返そう」と即答!
さらに首都から遠いビーチになってしまったため、なんとモチベーションダウンしてしまったようだ。
結局、1時間半ほど走ったあたりにあるマラカイというバスの乗り換え地点で降りて、そのまま首都へ引き返すことにした。
せっかくなのでマラカイ観光をしようとバスターミナルを出たものの、ただの家しかない…。
日曜日なのでどの店も閉まっている。
そこら辺にいたおじさんに見所を聞くと「小さなデパートならあるよ」
…行く気がしない。
暑いうえに雨まで降ってきて、結局すぐバスターミナルへ戻ってしまった。
バスターミナル併設の市場を見学し、軽食屋でランチ。
無駄に写真を撮りまくり思い出作り。

山積みココナッツ

バスターミナル
チーズのせプラタノ(揚げバナナ)

大きなテケーニョ(揚げチーズパン)を食べた
 
バスの車内販売(次々来る)
実際何にもしていないのだが、写真がいろいろあると何だか観光したような気がしてくるから不思議である。
軽食屋の人たちとおしゃべりしていたら仲良くなって今度海へのツアーをくんであげると言ってくれた。
この出会いがあっただけでも来たかいがあったと前向きな先輩隊員。
これはこれで、また一つ思い出になった。

2011年8月21日日曜日

お土産探しに

以前にも一度行ったことがあるのだが、ティントレロという手工芸品を扱う店が集まっているところへ行った。
道の駅のような感じで、乾燥地帯の道路際に突然あらわれる。
ちょうどベネズエラ全土から手工芸品が集まる特設市が開催されていた最終日とあって、すごい人出である。
売り切れているものも多かった。
しかし、普段いいお土産物に出合えないベネズエラ、ここで買っておかねば!

木の実(種?)を使った民芸品


ここの名産、木彫りのフルーツ盛り合わせ


悪魔のお面や悪魔グッズを取り扱う店へいったときのこと。
このお面をつける祭りの曲やら関係ない曲やら、歌と演奏が始まった。
すると突如踊りだす人々!
辺りが一気にお祭りモードに。
このノリ、さすが!
ベネズエラのこういうところ、大好きである。

いろんな木彫り製品を購入し、満足しつつも暑さにやられて疲れていた帰り道。
大雨が降ってきて、あわてて満員ギューギューのバスに乗ったが、事故渋滞で全く進まず…。
しかし、乗客達さして不満も言わず、1人の男性は一緒にいた同期隊員を口説いていた。
こんなノリも、好きである。

2011年8月19日金曜日

カリブ海文化

カルアオという村で村落開発普及員として活動する後輩隊員のところへ行ってきた。
首都から向かうバスの車窓には…海!海!海!

もともと海大好きなのに、任地は360度山に囲まれている上、普段使うバスはたいてい山道を走るもんだから、久々の海に大感激。
中古のスクールバスに揺られ、故障か何かで途中何度も止まりながらの道中も、景色を楽しんでいたらあっという間だった。

着いた村には肌の黒い人ばかり。
ほとんど黒人の村といって良さそうだ。
任地には浅黒い人は多いけれど、かなり黒人に近い人というのはあまりいないので、まるで任国外旅行しているような気がする。
それに、暑くて海が近いせいか、水着を普段着として着用している人多し!
私の任地の村ではビーサンで外を歩くのは恥ずかしいことであり、ショートパンツやミニスカートすらあまり見ないので、かなり異文化。
ベネズエラ広し!

任地の我が家からの景色はもちろん山オンリーだが、なんとこの屋上からは海が見える!
後輩、サーフボードやら浮き輪やらを購入しただけでなく、パラソルまで設置。
海ライフを満喫しすぎである。
早速近くの海岸へ遊びに行くと、めちゃ素朴であった。
観光地化してなくて漁船がいくつか泊まっている。
砂浜の横にある村の中心であるプラサ(らしき)場所に案内してもらった。
が、あまりにも何も無いので違うのではないかと思い、翌日「こっちがプラサかも…?(遠慮がち)」という広場へ行ったが、やはり何もなかった。
しいていうなら一つの銅像と小さな診療所があるだけである。
それなりに商店がたくさんある自分の任地から見ると、さすが村落開発普及員の活動場所といった感じの村である。
いってしまえば何も無い。
が、自然がたくさんある。
穏やかな村人の暮らしがある。
イイネ!

翌日は山道をあるいて川へ行った。
滝へ案内してもらうと、なぜか大量のバイク…
酒を飲み巻きタバコを吸い、たむろする男達…
き…危険な雰囲気!?


かと思いきや、お酒やバーベキューの肉をわけてくれたりと、とってもいい青年達ではないか。
魚を捕まえようとしたり少年のように川遊びを楽しむ彼らは、近くの町のバイクタクシー運転手達であった。

「すべり台みたいな岩があるんだよ!」と彼らがさらに奥の滝へ連れて行ってくれた。
山崖を歩いた先には結構な落差の滝が!
若干傾斜のある岩の上を流れている部分があり、それをすべり台と言っていたのだ。
―こ、ここから滑りおりるのは危険すぎるだろ!!!
青年が滑り降りるのを見ても、まるで岩をバウンドしているように見えて怪我しやしないかヒヤヒヤ。
でも、せっかく来たのだから挑戦してみよう、いや、怖いーっ!
思わず“共済会の保険っておりるのかな…”などとまで考え散々渋っていたが、“ここで手をかしてあげるよ”と1人の青年が滝の途中まで降りて待っていてくれたので、ついにやってみようと決心。
が、水の勢いで途中で手を掴むなんてことできるわけもなく、そのまま落下。
が、どこも痛くないし、見た目より全然怖くなくて、水の上をプカプカっとした瞬間に下に落ちたという感じだった。
こりゃ楽しい。
しかし青年達はそれよりもっと高い岩からジャンプして飛びこんでいた。
頭おかしいだろ!っていうくらい高いところから飛び降りる青年あれば、2mくらいしか高さがない岩からでさえ怖がって飛び降りれず石を投げつけられる青年もあり、ゆかいな仲間達である。
なかば酔っ払っていた後輩隊員も岩壁から飛び込んだはいいが、
落ちていく間に体勢が前傾になりイヌのような姿勢で水面へ!
一同“これはヤバイ!”と、思わず助けに飛び出す青年がいたほどだったが、無事浮かんできた。
しかし夜になってから「実は、肋骨がかなり痛い」と告白。
川ライフを満喫しすぎである。

川沿いには温泉が沸いている場所があった。
川岸はかなりの高温。
寝そべって温泉気分を味わっていたら火傷みたいに半身真っ赤になってしまった。

さらに翌日は隣り村からボートにのって半島の先にあるビーチへ。
のんびり海を満喫。
すっかりカリブ海に魅せられてしまった。